緩やかに自殺

何処にでもいる精神障害者の自分語り

自撮りは私の遺影

私は物心ついた時から完璧でありたかった。

今も変わらない。いや、変わった。より一層完璧を求めている。

 

勉強ができて当たり前。運動習慣も当たり前にあり、人より痩せていて、自分の満足する美しい顔で日常生活を送ることに酷く固執して、その理想像に手垢がべっとりついていた。


さて、私はその理想へ僅かでも、ほんの少しでも、成長できているのだろうか。そんなこと、確認することすら嫌になる。


貴方は私の最愛の完璧を笑うだろうか。呆れるだろうか。それでも私は、最愛になることを捨てられない。自分のことを愛したい。完璧じゃない私は愛せない。私には、私の人生は、それがすべてなのだ。
完璧になれないなら、死ぬしかない。その思考は私にとって、正常である。仕方ないじゃないか。ずっとずっとそうでありたいと思い続けてきた。妥協の仕方なんて、誰が教えてくれるの?


私は今の自分の全てが許せない。最愛から何億光年も離れているような底の自分が絶対に許せない。死ねばいい。


大好きだったはずの勉強ができないなんてありえない。

学年で1番になりたかったから勉強した。親に褒められるために勉強した。見栄や他者が動機だなんて、と、笑えばいい。それ以上に何かを学ぶことが好きだった。

はずだった。何故今の私はできない。できて当たり前のことができない。理解できない。机に向かうことができない。体が動かない。己が脳みそだけの存在だっただろうか、と錯覚するほど、心と身体が切り離されているような、そんな感じがした。


そしてその身体にも苦しめられた。毎日毎日挨拶代わりに「ブス」と言われていた小学6年生のあの時から、己の醜さを自覚し始めた。

この顔に産んだ親を憎んだことなんて一度たりともなかった。両親のいいとこどりで生まれてくることができなかったと、謝りたいくらいだ。

 

笑い方がわからなくなった私の表情筋の衰えは、不細工を後押しした。愛嬌のあるブスですらない私の醜さは計り知れない。インスタグラムで、充実を形容する、きらきらとしたとびきり可愛い笑顔の友人たちを見ると、吐き気を催す強烈な劣等感に襲われた。

 

瞼に1つ線があるだけで、顔が小さいだけで、目を縁取る毛が長いだけで、横顔が綺麗なEを描いているだけで、他者の評価が大きく変わるこの世の中が憎くて憎くて堪らない。

化粧をするたび、必死になってアイテープで不格好な二重を作っている私、なんて惨めなんだろう。たかが瞼の線に、彫の深さに、スーパードルフィーみたいな愛らしい唇に、すっきりとした忘れ鼻に、何より、愛嬌のある笑顔に執着した。

人から容姿を褒められても信じることができない。その言葉が自分自身に言われているとは到底思えないのだ。しかし愚かな私は、一丁前に、SNSにバッチリ化粧をした自撮りを投稿する。少しでも化粧がうまくいったかもしれない、それを誰かに見てもらいたかった。些細な承認欲求であった。虚像である自撮りに可愛いという人たちとオフ会で会えば、その日からその言葉はなくなった。自分で自分の首を絞めて何が楽しいのだろうか。化粧も、自撮りも、プリクラも、すっぴんの美人には勝てない。私以外の女の子みんなが可愛い。そんな考えがずっと頭を支配する。こんなのあんまりだ。

ずるい。羨ましい。妬ましい。

醜い顔で醜い感情を抱けば抱くほど、底の人間になっていった。整形についての情報は血眼になって探している。整形は魔法じゃない。全くの別人になるには、私の好きなCorvetteが2台余裕で買えるほどのお金が必要だろう。なるべく自分と似たような系統の芸能人を探した。私と似たような系統と言うことすら烏滸がましく感じた。ブスは常に卑屈である。正直、こんなことを毎日毎日考えるのは疲れてしまった。楽になりたいけれど、死に顔だってブスなのだ。

 

クソッタレ。

卒業

こんにちは、かなえです。

さて、タイトルにある通り、私はこの度高校を卒業いたしました。

 

長かった。

 

率直な感想です。

二度の留年を経て、ようやく、やっと、遂に、大幅なマイナスから少しのマイナスまで事を進めることができました。マイナスからゼロに、といった認識ではありません。だって皆さん、私と同い年の友人たちは就職という新たなステップに向けての準備に取り掛かり始めたのですから。

こんなこと考えたって、このギャップを嘆いたって、もう埋まらないことは百も承知のはずですが、くだらないってわかっておりますが。しかし、私の認知の歪んで麻痺した思考が、私から切り離されて、思春期の子供のようにふらっと一人歩きして、勝手に私の脳を書き換えます。私はわかっているのです。埋まらないギャップについて嘆いて、日陰にある一年中湿っている苔のようにジメジメとうじうじとするなんて、とんでもなく非生産的なこと、どう考えたって時間と思考の無駄。

しかし、最初から思考のコントロールができていれば、私は高い医療費を払い、赤の他人に話を聞いてもらい薬を処方してもらっているわけがないのです。
つまり、今の私には思考の手綱を握ることなど到底無理な話ということです。今の私、いえ、今後の私にも出来っこないでしょう。

とはいえ、私の卒業報告に、家族をはじめ、フォロワーの方々からは祝福の言葉を沢山いただきました。気色の悪い精神障害者である私めを気遣ってくれる人達がいる、その事実は何にも代えがたい嬉しきものなのです。

今年一年、私は浪人生として厳しい毎日を送ることになるでしょう。
私は自分を信用することができません。オンライン予備校を用いての実質的な宅浪状態。主体性がすべてなことは火を見るよりも明らかです。実際に予備校に通って、いつでも先生に質問ができ、自習室が自由に使える環境がほしいなどという我儘、今までそして現在進行形で余計な金をかけさせてしまっている手前口が裂けても言えません。

私は、自分を追い込み、鞭を打って、勉学に励み、己の満足する結果を出すことができるのだろうか。

精神障害者と受験生の二足の草鞋という重圧。

それを甘えだと考える自分。

様々な感情でぐちゃぐちゃに圧死する心を抱えながら毎日を送っています。頭がおかしくなりそうです。やっぱり甘えなのでしょうか。わかりません。

机に向かっても、フラッシュバック、フラッシュバック、ふらっしゅばっく…

只勉強をしたいだけなのに、甘ったれた私は過去に負けます。何故私の邪魔をするんでしょうか。それとも、アドラーの教えに基づいて考えると、私自身がフラッシュバックを望んでいるとでも。くそくらえだ。

私、もう甘えている自分がそれは嫌で嫌で堪らないのです。誰か私のことを殺してください。とうの昔に心は殺されたも同然なのです。

私は卒業したいのです。

エアポケット

最近口角がよく切れます、かなえです。

 

調子が良い、と綴ったブログから何日が経ったのでしょう。エアポケットに入ったかのように急降下しました。

薄々気づいていました。いえ、本当に気づいていただけなのでしょうか。調子のいい自分を維持していく努力をしたくないだけで、言い訳、予防線として、気づいていたと宣っているだけなのかもしれません。はて、どちらでしょうね。

 

これからは、前向きに、少しでも進もうと、やっとの思いで行動したはずなのに、どうして動けないのでしょう。どうしてお風呂に入れないのでしょう。どうして死にたいのでしょう。恵まれた家庭環境にいることを自覚していながら、私は何もできない親不孝者です。愛されているのに、己が誰かに愛される価値などないことに苦しみます。なんて贅沢ものなんでしょう。

一丁前に煙草の本数は増えるばかり。深夜、ベランダにて、煙草を吸いながら、目の前の柵を眺めていると、誘われるのです。足では歩めない向こう側で、誰かが私を連れて行こうとします。いえ、ついていきたい私を助けようとしてくれる、といったほうが正解でしょうか。向こう側へ行っても、死ねるわけでもないのに。

 

追い打ちをかけるようにフラッシュバックも私の脳を、心を蝕みます。ずっとずっと私を追いかけてくるのです。

 

小学生の時の己の失敗、いじめられていた時の罵詈雑言。

中学の時の己の失敗、現地校で馴染めなかった、英語から逃げた自分。

編入した学校で根も葉もない噂を流した憎たらしいクラスメイトの顔、笑い声。

元バイト先の上司たちの顔。

 

それらすべてを私はいつまでたっても忘れることができません。頭がおかしくなりそう。もうおかしいのでしょうか。

私は愚かです。これを執筆することによって、より鮮明に、昨日のことのように思い出して、舌の根が痙攣するような吐き気、叫びだしたくなる衝動に襲われています。が、ここはありふれた、時短営業をしている喫茶店

その衝動を押さえつけるように、今、私は必死に、冷や汗をかきそうなほどに、澄ました顔でタイピングを続ける。

 

ああ、煙草が吸えないなんて。

Poco a poco

お久しぶりです。かなえ、生きています。

前回のブログから、12月が誕生日である私が年を一つ重ね、また、年も明けてしまうほど時間が空いてしまいました。


自分の手に負えないほどの感情、思考、が無造作に散乱した頭の中を、ありのままに具現化したかのような汚らしい部屋を、やっとの思いで片づけることができました。365日のうち、一週間ほどしか床が見えないような生活をしている私が部屋を片付けることができた、そういった余裕からか、思い立ったが吉日というのでしょうか、また一つ私の気持ちをこうして吐露しているというわけです。どうか物好きな方はお付き合いしてくださいまし。

 

振り返る、ということが私にとって困難だと、今このブログを書きながら痛感しています。

前回の更新のときの自身の心境、絶望がうまく思い出せない。頭に靄がかかったかのように不明瞭で、そこに綴られている悲鳴は確かに私のものなのに、妙に俯瞰的な心持ちなのです。これも薬の影響で頭がぼおっとしてるというのでしょうか。それはそれとして、近頃の話をしましょう。

いつからを最近だとか近頃だとか定義すればいいのかピンときませんが、最近の私は間違いなく調子がいい。こういったものは結論から端的に言うものですね。そして詳細へ。

これを書いている今の時点で、お風呂に三日連続入ることができています。

お風呂、嫌いじゃないどころか、大好きです。しかし、どうしたものか、毎日入ることが極端に難しいのです。

「風呂に入れないのは鬱のサイン」とよく言われていますが、因果関係は大いにあると思います。入らなければ、体を清潔にしなければ、そう考えるほど腰は重くなる。美容院に行く習慣のない、私の長く傷んだ鬱陶しい髪は、日に日にべたつき束になる。不潔を好んでいるわけでもなく、不潔になっていく日々で、精神的に良好な人がいるでしょうか。その落ち込んだ心は私の腰を一層重くします。人間らしさを失うような感覚に気が滅入るのです。

そんな私が風呂にはいれるようになりはじめていること、その赤子の足ほど小さい一歩に喜んでくれる両親に本当に感謝しています。ふとした時に気づくシャンプーの香り、好きです。

 

睡眠、これもまた変化が訪れています。

新しい薬が効いているのでしょうか、私の睡眠を邪魔するものはとても少なくなりました。空っぽの胃に薬を11錠ほど放り込むと、睡魔に意識を引きずり込まれるような感覚。なんて心地がいいのでしょう。私はずっとずっと貴方を待ちわびていました、と恋慕さながらの気持ちになるのです。

11錠のところにぎょっとされた方はいるかわかりませんが、正常な量、というのも、医者から処方されている量がそうなのできっと大丈夫なのでしょう。貴方はどう思いますか?私を哀れに思うのでしょうか。


11錠。薬を飲むことは仕方のないことですし、私の重い腰から病院へ行けず薬が切れたときのあの焦燥感なんて味わいたくないものです。なのに、ここ最近、薬を飲むことへの形容し難い抵抗感が私を襲います。この薬を服用したことにより眠気に襲われることがあります。という同じ文句が羅列する違う薬を、紙袋からだし、シートから押し出すあの動作が、どうにもこうにも苦しくてもどかしい。毎度毎度、誰か代わりにやってくれよ、と思いながら諦めてぷちぷちと押し出しているのです。風呂には入れるようになったのになぁと、ぼやきたくもなります。いいですよね?

 

私、ここまで自分の脳味噌を貴方へ見せることができました。今日はここまでにしておきます。

だって、本当に本当に少しだけ頑張ったのですから。

 

 

僕に時間はないのだ。

長らくブログを書かないでいるとどう切り出したらよいのかわからなくなるものですね。

ここ数ヶ月、敢えて文章にするほどの出来事がなかった、そうぼんやりと思います。変わりがない、と言えば嘘になります。私の心身はますます蝕まれているのですから。

 

毎日寝る前に薬を飲み、眠れるのは窓の外が薄明るくなり鳥が鳴き始める頃。

起きても起き上がれないまま夕方までベッドの上で過ごし、深夜に止まらない負の思考に、感情に、頭を支配されて苦しむ毎日。

目の前の現状を打開する精神力すらないのに、目まぐるしく私の頭を往来する将来への計り知れないほど大きな不安に轢死する毎日。

 

人生の選択のDeadlineが刻一刻と残酷に迫るのがただただ恐ろしい。

今まで通りのようで、今まで通りではないのです。

 

変わらないままの私を孤独に置いてけぼりにして、世間は、世界は進化し、季節が移ろうことに抱く恐怖という感情すら独りぼっちで可哀想。

 

久しぶりに外へ出たときに半袖で肌寒かった。

 

冬服を買ってもないのに好きなブランドが春服を発表していた。

 

夜ベランダで煙草を吸うときどこまで息を吐けば良いかわからなくなった。

 

年下の子が大学の授業がリモートになったと嘆いていた。

 

同い年の子が就活の話をしていた。

 

自分が何年足踏みをしているか思い出せなかった。

 

堪らなく惨め。

 

大学で勉強している友人達は皆口をそろえて「大丈夫、あなたのペースがあるよ」と善意で声をかけてくれる。

私は大丈夫ではなかったのです。

劣等感という醜い感情で満たされた汚水を飲まされているように吐き気がした。

誰も私を待ってはくれない。当たり前だ。

その当たり前が辛い。

 

先月、ZOOMによる授業がありました。時間を拘束された授業を久しく受けていなかった私は、朝寝坊をしないようにという強迫観念で眠れませんでした。

9時から17時までの授業をたった4日間受けただけで精神的に疲れました。

 

私にとっては精一杯頑張ったつもりでした。しかしながら私は自分を褒めることができなかった。

 

朝から夕方まで毎日授業を受けるだけではなく、朝起きて身支度をして学校まで通う。これを同世代の人間は普通にこなしているのだ。この授業は私にとっては脅威の事実を突きつけたのです。

私がどれほど自分の精一杯のペースで頑張って、否頑張ったつもりで前に少しずつ進んだところで、当たり前の生活の前ではとてもちっぽけな物と化すのだ。皆は容易に私を引き離すし私はどんどん後退する。

 

一生差が埋まることはない

 

私の心は打ちのめされました。

 

もう良いじゃないか。私の程度はこの4日間ではっきりした。これ以上頑張っても無駄だ。

 

きっと私がこんなことを言えば、殆どの人間は笑うのでしょうね。この子はまた何を大げさなことを言っているのか、といった感じでしょうか。

世界の全てが敵に思えて、誰も私のことなんて見ちゃいなくて、自分は他者に嫌悪感を振りまいている。

”耐へ難きを耐へ忍び難きを忍び”、なんてことがもう私にはできる気がしません。私は今までそうしてきたつもりとだけは信じたい。

 

私は私が描いた理想を追い求めることが困難になったのにもかかわらず、妥協をするということから目を背けているのです。だから劣等感を抱き、将来がうんと遠く感じる。

薄々わかり始めていました。

しかし、今まで何年もずっと人生の指標としてきたものを今更変えるということは私には到底受け入れがたいのです。脳にその理想がこびりついていて払拭するには莫大な時間がいるのでしょう。

 

時間が解決してくれる。

せっかちな私には非常に厄介な言葉です。

 

だって私には時間がないのだから。私にとって悩みの解決とは、至急なのだ。

 

 

 

 

 

わがままもの

どうも、珍しく喫茶店で執筆を始めたところ、ロイヤルミルクティーで盛大に舌を火傷しました。今日も世界に嫌われているかなえです。

最近は大変ストレスの充実した毎日を送っています。失礼、いつも通りでした。

以前から私は動悸、不整脈に悩まされていました。寝る前などに睡眠妨害をしに来る程度だったのですが、ここ1、2週間は日中も1拍が鈍い、胸に確実な不快感を与えてくるような動悸が襲い、呼吸まで苦しくなる始末。

 

私には一つ心当たりがありました。

 

私は心臓を患っています。患っていると言えば聞こえが大袈裟ですが。

小学校での心電図検査で異状が判明してから勧められた病院に受診。幸い、特筆すべき症状もなく、日常生活にもなんら問題がありませんでした。実際その後、私はバスケ部に在籍していたくらいなので、一応そういった疾患と心臓手帳を持っていること以外は普通なのでしょう。

 

そんな私の名前だけの疾患も、年に一回の定期検査があります。病院での心電図、24時間のホルター検査。

最後の検査から一年以上空いており、この不調のことも気がかりなので行って参りました。

 

更に私は甲状腺にも異状があり、同じ病院で血液検査も受けています。

まあ、なんと無駄に疾患だの症状が多いこと。うんざりします。

 

結論から言えば、心臓、甲状腺機能、共に問題はありませんでした。

 

強いて何か言うなら、一日の心拍数が通常より二割ほど少なかっただけです。

これは日中冬眠中の熊さながら泥のように14時間近く眠っている影響でしょう、とのこと。


とりあえずは安心と言ったところでしょうか。結果次第では投薬治療も行うと聞かされていたものですから、結果が出るまでの一週間胃に穴が開きそうな思いで過ごしていました。


これ以上医療費を己にかけるなど御免です。

誰の金?

当然、父親が心労を抱えて稼いだ貴重なものですから、只でさえ穀潰しの私がこれ以上囓るわけにはいかないのです。


実にくだらない疾患ばかり抱えて生きるのはもう当に慣れたはずなのに、どうしても気が滅入りそうになります。

 

もっと私より重篤なハンデを抱えて生きている人がいるのも承知ですが、

どうしてこんなにもクソデカハンデを背負って生きなければならないのだろうか

と、弱音ばかり口にしてしまいます。

ああ神様これ以上私めに意地悪をしないでくださいまし。私を担当している神は余程サディスティックなのでしょうね。

 

以前に通っていた学校の授業で見させられたカトリックのドラマのワンシーンが私の頭に時折ふわっと舞い降りる。

 

病のためずっと入院している母親をもつ男の子に新米神父はこう言うのです。


「神様は私たちに必要な物を与えるんだよ。」


すると男の子は、


病気がいるわけないじゃん。馬鹿じゃないの


まあ、順当に考えればその通りなのです。まだ幼稚園生の子供ですらわかりきっていること。神父は言葉が出てきませんでした。

病気を乗り越えたという経験は、振り返ってみればその先の人生での糧となり得るでしょう。

しかし、最初から病が、障害が必要なわけないのです。馬鹿じゃないのか、全くだ。

私だって、毎日、毎時間、己の心身の不調について思考を割きたいということなどあろうはずがない。

ああ、ああ。これ以上私の口から負を吐かせないで欲しいものです。

 

とりあえず、目下の願いは鬱陶しくジメジメと包み込んでくれちゃう梅雨が明けることです。

これはきっと私が皆さんと分かり合える数少ないことでしょうね。

 

罪と罰

どうも、かなえです。


大好きだ、という人がいるなら私は小一時間その人と議論をしたいと思ったり思わなかったりする、梅雨の訪れです。

慢性的な頭痛に強力な加勢をしてくるこの鬱陶しい季のプレゼントが大嫌いなわけですが、この度“晴れて”睡眠導入剤を処方されました。

 

長い私と主治医の攻防は終わったのです。

私は主治医に洗いざらい、このブログのように吐き出しました。

ストレスで眠れなかったのが、眠れないことで気が狂いそうだとか。

ブロンを乱用していただとか。

しまいにゃ飛び降り衝動が悪化しただとか。

 

眠剤欲しさに、「いい加減処方しろ。さもなくば死んでやる」と泣きつく形になったとでも言うのでしょうか。

 

その結果、薬がうんと増えましたとさ。

今まで私はSSRI系であるレクサプロを20mg、気分エピソード用の安定剤であるラモトリギンを25mg服用していました。

それが私の正に必死の懇願により、
炭酸リチウム400mgの再開、ラモトリギンの100mgへの増量となったわけです。

只でさえ、ラモトリギンの作用による無気力で勉学に支障をきたしていた私は恐れていました。

 

そして処方された肝心の眠剤
名はベルソムラと言うそうで。

これがまた微妙なお仕事をなさる。

服用しても入眠にかかる時間は“素面”と大差はなく、眠る時間がそれはもうたっぷりと。

そして増えた薬と仲良く結託してくれるおかげで、覚醒が最悪。

何年前だったかはとうの昔に忘れた、初めての抗鬱剤を飲むときすら感じなかった不安が的中したわけです。

 

炭酸リチウムとラモトリギンの華麗なるコラボレーションにより、気力という気力がさも私には最初から存在しなかったかのように、私の精神力はもぬけの殻となりました。

 

そもそもベッドから起き上がることが、一世一代の大仕事。

起きることができたらそれこそスタンディングオベーション

PCに向き合い、課題を進めることができません。

 

そうして何週間前に感じていた、そう、ラモトリギンを初めて処方されたときに覚えた自己嫌悪が一皮も二皮もむけて盛大に帰還致しました。

誰も待っていませんよ。


息をすることにすら罪悪感を覚えます。

 

これは何の罰でしょうか。
私は常々、なにか重大な罪を犯したがための罰を受け続けているような思いを腹に抱えていましたが、余罪でも判明したのでしょうか。

とてつもなく苦しいです。

前に進むための治療が囚人がつけるような足枷となって私の邪魔する。

 

辛うじて私を延命している煙草もじきに尽きます。

保健体育の教科書に書いてあるような、健常者向けの「適度な運動、読書、リフレッシュ」といったストレス解消法は縁遠く、私は己を傷つける方法でしか心を守ることができません。

 

非常に嘆かわしい。

この行き場のない無念をここで吐き出すこの作業すら解消どころか精神力を削ります。

 

しかし私は書きたいのです。私が生きて苦しんで藻掻いている証を何か一つでも残したいのです。